渡辺 宏久, 島 さゆり, 水谷 泰彰, 伊藤 瑞規, 植田 晃広
脊椎脊髄ジャーナル, 33(11) 1025-1030, Nov, 2020
<文献概要>はじめに 日常臨床において,脊髄小脳路を侵す疾患を意識しながら診療をする場面は決して多くない.その理由を考えてみると,まず脊髄小脳路の重要な役割は筋紡錘や腱器官などから固有感覚を小脳へと伝えることにあるが,体性感覚の中でも,意識に上る表在感覚や,位置覚や振動覚など意識に上る深部感覚と違い,意識に上らない固有感覚の評価は,一般的な神経学的診察で困難であるため,固有感覚と密接に関連する脊髄小脳路病変を意識する機会が限られていることが挙げられる.次に,脊髄小脳路を正しく評価できる補助診断指標が日常臨床で十分に使えないことが挙げられる.脊髄小脳路の周囲には,皮質脊髄路,後索,後根を含めてさまざまな構造物があるため,固有感覚の障害による症状であるのか,ほかの運動系や感覚系の障害による症状であるのかを判断するためには画像検査が重要となるが,日常臨床においてMRIを用いて正確に脊髄小脳路と周囲の構造物とを明確に区別することは容易ではない.一方,体幹や下肢の運動失調の発現は後索の単独病変では生じず,後根や後根神経節,さらには脊髄小脳路などの障害が必要とする報告があること,姿勢の調節には下肢からの固有知覚信号が必要であることなどを踏まえると,脊髄小脳路病変を伴う疾患を知り,その臨床像を見直すことは重要である.そこで本稿では,ここで扱う脊髄小脳路の走行を簡単に整理したうえで,まず脊髄小脳路を侵す疾患として,物理的に脊髄小脳路を圧排した転移性脊髄腫瘍の臨床像や,比較的純粋な脊髄小脳路病変をみていると考えられる下部延髄外側梗塞症例の臨床像を整理する.さらに,脊髄小脳路を侵すことが報告されている非変性疾患と変性疾患について,誌面の許す範囲で整理し,今後の課題について考えてみる.