成長因子やホルモン、神経伝達物質などの細胞外シグナルは、G蛋白質や蛋白質リン酸化酵素(キナーゼ)などの細胞内シグナル分子を介して種々の細胞活動や生理機能、高次脳機能を制御する。また、これらのシグナルネットワークは、癌や循環器疾患、内分泌疾患、精神・神経疾患等の病態に密接に関与していると考えられている。貝淵教授は低分子量G蛋白質Rhoの標的蛋白質であるRho-キナーゼを発見し、細胞骨格、収縮、運動、接着、極性を制御するシグナル伝達機構の解明に貢献してきた。また、Rho-キナーゼが狭心症や肺高血圧症、脳血管攣縮などの病態に関与することを見出し、これら平滑筋の異常収縮を伴う疾患の新たな治療法開発への道を開いた(ファスジル:商品名エリル)。近年、Rho-キナーゼ阻害薬(リパスジル:商品名グラナテック)が緑内障の治療薬として上市された。一方、Rho-キナーゼの脳内基質としてCRMP-2 を同定し、CRMP-2が神経細胞の軸索伸長と極性形成を制御することを明らかにし、神経細胞の極性形成機構の分野でブレークスルーを果たした。近年、Rho-キナーゼを含む任意のリン酸化酵素(キナーゼ)の基質を同定するために、新たなリン酸化プロテオミクス法(KISS法、KIOSS法等)を開発した。これらの方法を駆使して、ドーパミンやアセチルコリンなどの神経伝達物質の下流で惹起されるリン酸化反応を包括的に解析し、ドーパミンがRap1を活性化して快情動行動・学習を促進する仕組みとアセチルコリンがRac1を活性化して忌避行動・学習を促進する仕組みを明らかにした。また、抗精神病薬(D2R拮抗薬)や認知症治療薬(ドネペジル)の作用機構も明らかにしつつある。