科学観測用気球の開発とそれを用いた科学観測を行っています。気球には到達できる高さ、飛翔時間の制限がありますが、それを大きく打ち破る気球が誕生しつつあります。気球の研究を進め、気球の可能性を広げ、様々な科学観測実験で利用できるようにしたいと考えています。
修士過程では、所属する研究室で開発が進められていた天体硬X線検出器を用いた気球実験に携わりました。博士過程ではそれを将来のX線天文衛星搭載用に発展させると共に、X線天文衛星「あすか」による回転駆動型パルサーの観測を行い、エネルギー放射機構の研究を進めました。
その後、宇宙研気球グループに奉職し、高エネルギー宇宙物理に関する観測実験を継続すると共に、気球本体、搭載機器、地上系といった気球実験システム全般の開発と運用に従事するようになりました。気球の飛翔実験実施にあたっては受信班として、気球と地上間のデータ伝送の確立を担っています。
気球本体の開発として最初に手掛けたのは、薄い皮膜を開発し、それを用いた気球を開発することで、飛翔高度を向上させる研究でした。3.4 um厚のフィルムを開発し、2002年にはそのフィルムを用いた気球により30年ぶりに世界最高気球高度記録を更新しています。さらにより薄いフィルムの開発を進め、2013年には2.8 um厚のフィルムにより、再度の記録更新に成功しました。
この研究と並行して進めているのがスーパープレッシャー気球の開発です。これは、気球を密閉して加圧することで、夜間の浮力の低下を防ぎ、長時間の飛翔を可能にする気球です。2000年代は気球皮膜自体の開発や、ロープと皮膜を組み合わせることで構造強度を向上させたLobed-pumpkin型やその展開性能を改善した俵型の気球の開発を進めました。2010年には皮膜に菱形の目の網をかぶせることで軽い構造で高い耐圧性能が得られることを見出し、以後、この型の気球の開発を進めております。スーパープレッシャー気球の実現には、軽い構造で十分な耐圧性能と気密性能を持たせることが大切です。2019年には体積6,400 m3の気球の地上試験(地上試験としては世界最大級です)を実施し、十分な安全率をもって、高度27 kmに70 kgのペイロードを長時間飛翔させることができる耐圧性能を有することを確認しました。2020年には体積2,000 m3の気球の飛翔試験を実施したのですが、放球直後からガス漏れが発生するという不具合が発生しました。放球時に網が叩いたことで皮膜が衝撃破壊を起こしたもので、これを防ぐべく、2020~2023年にかけて、準静的に気球を立ち上げて放球する新しい方法を開発し、その実証試験まで完了しました。2024年には、この放球方法により、再度、体積2,000 m3の気球の飛翔試験を実施しようとしたのですが、ガス漏れがないことが確認できず、2025年に実施することになりました。なお、実験後にガス漏れが小さかったことは確認されています。また、皮膜を多層化することで10日以上の飛翔が可能となる気密性能が得られること、耐圧性能は3,000 Paを超えることを体積180 m3の小型気球の地上試験で実証しました。2022年には、この型の気球を用いて、南極域での大気重力波観測が実施され、2024年には改良を加えた気球での実験を実施いたしました。
このように、気球の研究は進んでいるのですが、一方で、気球を用いた科学観測実験の方は開店休業状態であり、これが実施できていないことには忸怩たる思いがあります。残念ながら、現状の我が国の気球実験システムでは、気球の飛翔期間が数10時間に限られてしまうため、得られる光子数が乏しく、実施したい高エネルギー天体の研究が困難なのです。むろん、この制限の元で科学的な成果をあげることも不可能ではありませんが、自分が我が国で唯一、大気球の飛翔機会を提供している研究所に所属し、我々以外に気球の研究を進めているグループが存在しない現状を考えると、気球を用いた実験を実施するよりも、気球の研究を推進し、自らの実験を可能にすると共に、みなさまに利用していただける気球が提供できるようにすることこそが責務、と感じております。
長時間飛翔が可能な気球は世界的にも黎明期にあり、我が国ではその技術は未獲得です。大型気球は開発コストが嵩むため、小型気球からの開発となるのですが、技術的には小型の方が困難です。これは、気球重量が表面積に比例しているのに対し、浮力は体積に比例することが一因で、もう一つには気球皮膜の欠陥数は表面積に比例するのに対し、ガス漏れの許容量は気球体積に比例するためです。上にも記載しましたが、我々は耐圧性能、気密性能、それぞれの向上手段を見出しており、これらを用いて科学観測に利用できる気球を開発し、小型気球による科学観測を開始したいと考えています。