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FUKUDA TAKASHI

  (福田 孝)

Profile Information

Affiliation
Faculty of Literature Department of Japanese Literature and Culture, Musashino University
Degree
文学士(筑波大学)
文学修士(筑波大学大学院)

J-GLOBAL ID
201701021275185947
researchmap Member ID
B000270863

Education

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Papers

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  • 福田 孝
    汲古, (69) 14-21, Jun, 2016  Peer-reviewed
    雲州本「後撰和歌集」はすでに活字翻刻がなされているものの、実見すると実態と異なった活字翻刻がなされていることが分かる。詞書や左注の翻刻等が写本どおりになっていない箇所があり、また部立名を後時に書き直した箇所があることや奥書が一部後時に補入されていることについての指摘も無い。これらをしっかりと認識すると、雲州本が持つ非定家本としての価値が再確認できる。
  • 六十一(三・四) 38-45, Apr, 2015  Peer-reviewed
  • 六十(三・四) 56-59, Apr, 2014  Peer-reviewed
  • 月刊国語教育研究, (494) 50-57, Jun, 2013  Peer-reviewed
    明治に至るまで文学史の上で和歌が占めてきた位置は高く、なかでも文化の基盤をなしてきた『古今和歌集』は伝統的な言語文化というにふさわしい作品である。だが、教科書では抜粋された代表歌が五六首扱われるだけである。十七首というあまり多くない歌数からなる「梅の花」歌群を読むことで、教室で『古今和歌集』をそのよく工夫された配列から知的に楽しく読み味わう事例を示した。
  • 日本語と日本文学, (52), Feb, 2011  Peer-reviewed
    後撰集は古くから未定稿説があり、歌の排列も未整備であると言われてきている。が、近年では四季部には独自の排列方針があることが指摘されている。これまであまり扱われてこなかった後撰集の末二巻、とくに巻二十の「慶賀」「哀傷」の歌の排列を検討し、詞書によることで編者の歌群構成の意図が見出せることを確認する。

Misc.

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Books and Other Publications

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  • 石埜敬子, 中嶋朋恵, 加藤静子, 川島絹江, 谷口孝介 (Role: Joint author)
    至文堂, Nov, 2002
    鑑賞欄・基本用語・語句解釈・補助論文の分担執筆 監修 鈴木一雄、編集 石埜敬子、著者 中嶋朋恵・加藤静子・川島絹江・谷口孝介・福田孝 「右近は一人か」 浮舟の女房右近は東屋巻と浮舟巻とで同一人物か否かが問題視されているが、異なる二人の人物を作者は意図的に同一人物として扱っている可能性が高い。 「右近と侍従」 浮舟の女房右近と侍従とはその後の浮舟の運命に大きく作用する女房として意図して対比的に描かれている。 「浮舟と雨」『源氏物語』以前の物語で雨はほとんど描かれることがなかったが、『源氏物語』では様々な場面で意識して用いられており、浮舟巻でも同様である。 「浮舟母が見た夢」 物語史において夢が筋立てに積極的に用いられることはなかったが、『源氏物語』においてはじめて積極的に頻繁に用いられており、浮舟巻では浮舟母が見た夢が現実の予兆として扱われている。 「物語における文(ふみ)の役割」 『源氏物語』では多くの
  • 書肆風の薔薇, Feb, 1990 (ISBN: 4891762349)
    『源氏物語』を、主題論の立場からではなく、ロシア・フォルマリストや記号論者の主張に拠りながら、いかに述べているかという立場(読者への働きかけを重視する立場)から考察検討すると、<場面>空間の設定の仕方・視点の利用法・「手紙」の利用法・巻の構成の仕方等、第一部から第二・三部へと大きく変化しているのが分かる。数珠繋ぎ的手法から玉突き型手法へといった変化があり、作品構成の方法にも多様性が確認できる。(213頁)

Presentations

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  • 和歌文学会第六十回大会, Oct 19, 2014, 和歌文学会
    非定家本の完本が五本しか伝わらないなか堀河本後撰和歌集は貴重な写本である。堀河本について、その筆写態度に言及しつつ、主に詞書を扱って、「題知らず 詠み人知らず」のさいの書記形式の様相・「題知らず」「詠み人知らず」の不表記の実態・「はべり」の使用状況・「朝臣」「卿」の表記・詠み人と未分化になっている詞書、といったところから その本文の性質を確認し伝本中で最も古体を残すものである可能性を指摘した。
  • 全国大学国語教育学会 第126回 名古屋大会, May 17, 2014, 全国大学国語教育学会
    高等学校の現場において科目の中で古文はもっとも嫌われているという調査結果がある。大学生に行なったアンケート結果をもとにしながら、歴史的仮名づかいの扱い方・音読指導の行ない方・ノートへの本文の筆写の指導法・和語の多用への認識のさせ方・活字化への配慮・文法を指導する手順といった点から、入門期において「古文」という科目を嫌われないようにするためのアプローチを再考した。
  • 全国大学国語教育学会 第125回 広島大会, Oct 27, 2013, 全国大学国語教育学会
    現行の中学一年生の教科書にはすべて『竹取物語』が載っている。しかし『土左日記』など同様『竹取物語』も近世に至るまでほとんど読まれた形跡がなく、昔話として流布していた形跡もない。大正七1918『尋常小学 国語読本』第二期修正・昭和八1933『小学国語読本』第四期で扱われ、『竹取物語』は広く普及したと思われる。漢文訓読的な文体・和文初期のぎこちない文章を顧慮すると、入門期の古典教材として適切かどうか、考えてもよいのではないだろうか。
  • 全国大学国語教育学会 第124回 弘前大会, May 18, 2013, 全国大学国語教育学会
    国立教育政策研究所の調査(2007)によれば、高校生に一番嫌われている科目は古文である。教材「で」受験古典として教えられているためではないか。佐伯梅友は現代日本語との違いはあまりなく助動詞などの枝葉に当たるところを補足すれば古文は読めるようになるという。が、こうしたことが顧慮されないまま品詞分解が教え込まれて古文嫌いが増えていると思われる。内容のおもしろさを感じながら古文を読解できるようになる手順を考えることはできないだろうか。
  • 全国大学国語教育学会 第123回 富山大会, Oct 28, 2012, 全国大学国語教育学会
    『創造された古典』1999の出版以来、国語教育の場においても「古典」の概念が揺らいでいる。しかしこの本の出版以前から古文教材はその古典性が疑われていたのではないか。『万葉集』『古事記』は明治以降に、『更級日記』は錯簡が正された大正14年以降に、一般に読まれるようになった。『土左日記』も近世以前に読まれた形跡がない。古典作品の多くは長く読み継がれた価値付けに支えられていない。指導要領の「伝統的な言語文化」という言葉をしっかり定義し、古文学習の意義を再考する必要がありはしないだろうか。

Works

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  • Oct, 2001 Others
    平安期において夢は第三者からもたらされる予兆と考えられていた。予兆であるにも関わらず、物語にあってプロット展開等に利用された例はほとんど見出せない。しかし『源氏物語』には夢の事例が頻出するとともに、プロット展開や登場人物の造形に積極的に用いており、特異である。また、後世には夢を物語の枠に用いる夢落ちの手法があるが、平安期には「となむ語り伝へたる」という言辞があるためかこの手法は見出せない。pp.71-89(担当箇所は単著)
  • Feb, 1997 Others
    『竹取物語』前後の作品の文章では、過去時に関わる示し方として、伝説伝承で「けり」を多用するやり方・漢文訓読の史書で原形のみで記すやり方・「経(釈迦言行の説話)」で話の冒頭と末尾にだけ「き」を用いるやり方などがある。『竹取物語』では「経」に近いやり方で、最低限の「けり」叙述によって伝承であることを示すやり方を採用しており、これが『源氏物語』などでも踏襲されている。pp.477-495(担当箇所は単著)
  • Mar, 1995 Others
    過去の助動詞「き」について従来の学説を整理した上で平安期作品から具体例を検討していく。発話時を起点とする過去用法(いわゆる、話し手の直接体験の過去を述べるもの)のほかに、叙述内容時を起点とする過去用法も確認できる。二つの用法を統一的に考えることは可能であると思われ、これによって語りの立場から『枕草子』などの作品を分析することが可能となる。