研究者業績

東郷 裕

トウゴウ ユタカ  (Tohgo Yutaka)

基本情報

所属
武蔵野大学 経済学部 (教養教育) 准教授
学位
文学士(1990年3月 法政大学)
修士(文学)(1993年3月 中央大学)

連絡先
ytogomusashino-u.ac.jp
J-GLOBAL ID
201701010964920180
researchmap会員ID
B000273211

19世紀英国文学が研究の中心で、「復讐」と「正義」のテーマに強い関心を持つ。

委員歴

 5

論文

 18
  • 東郷裕
    『世界文学』 (135) 67-76 2022年7月  査読有り
    本稿ではエミリー・ブロンテ著『嵐が丘』 (1847年)の主人公ヒースクリフの復讐の挫折の理由を考えていく。この小説は多くの重 要な主題を内包し多様な解釈を可能にしてお り、ヒースクリフが復讐を途中で破棄する理由もこれまで様々な人物、例えばアーノルド・ケトル、J・ヒリス・ミラー、サンドラ・M・ギルバート とスーザン・グーバー、テリー・イーグルトンらに指摘されてきた。小説の中ではヒースクリフ本人はその理由を「手を上げるのさえおっくうな のだ!」、「なまけもの過ぎるんだ」と説明するが、この理由では腑に落ちない。 そこでヒースクリフの復讐が挫折した理由を検討していくが、ここでは「人間の尊厳」という視点から考察してみる。「人間の尊厳を尊重する」とは、ごく単純化すると「自分と同じよう に、一人の人間として相手を敬い、認め、不当に取り扱わない」ということであろう。この視点に立ってヒースクリフの復讐が挫折に至る理由を考えていく。
  • 東郷裕
    『The Basis』 武蔵野大学教養教育リサーチセンター紀要 (第10号) 95-110 2020年3月  
    尾崎紅葉は海外作家の翻案・翻訳作品を数多く残している。ならば『金色夜叉』も『嵐が丘』の翻案・翻訳作品ではないのか、あるいは『金色夜叉』に影響を与えたのではないかと考えるのは自然であるし、またその指摘は古くから存在した。結局2000年に堀啓子氏が論文の中で、『金色夜叉』の藍本となったのは『嵐が丘』ではなく、Bertha M. Clayによる『女より弱き者』("Weaker Than A Woman" 出版年不明)であると指摘した。だがやはり『嵐が丘』と『金色夜叉』の類似性は強く感じる。その主な理由を複数取り上げると同時に、決定的な相違点も論じる。
  • 東郷 裕
    『The Basis』 : 武蔵野大学教養教育リサーチセンター紀要 = The basis : the annual bulletin of Research Center for Liberal Education, Musashino University (6) 199-207 2016年3月1日  
    近代国家の成立以降、世の中の不正(正義に反する行為)に対しては法律が不正を行った者にそれ相応の処罰を与えることで、社会秩序を回復するための正義を実現してきた。しかしそれが叶わない場合、不正に対して私的復讐(private revenge)という手段に訴え、自らの考える正義を実現する者もいる。本稿では復讐のテーマの始祖『スペインの悲劇』と、小説として再び同じテーマで数世紀後に登場した『嵐が丘』を取り上げる。そしてそれぞれの主人公であるヒエロニモとヒースクリフがいかなる不正に対してどのような復讐を行い、そして彼らがどう描かれているのか、またそれぞれの不正そのものに注目することで何が明らかになるのかを検討する。
  • 東郷 裕
    『世界文学』 (120) 46-53 2014年12月  査読有り
    ミス・ハヴィシャムは養女エステラを使ってすべての世の男性に復讐を誓う老女であるが、実はミス・ハヴィシャムは、主人公ピップも復讐の道具として利用しようとした「策略」があった。またマグウィッチはピップに食べ物を恵んでもらったことを恩に着て彼を紳士にするための大金を稼ぐ。彼がピップに対して行ったこの行為も復讐である。この論文ではミス・ハヴィシャムの復讐、すなわち彼女の「策略」の根拠を二つ挙げると同時にマグウィッチの復讐との共通点にも着目し、『大いなる遺産』をこの二人の復讐物語として捉えることが可能かを論じる。
  • 東郷 裕
    『世界文学』 (118) 68-78 2013年12月  査読有り
    トマス・キッドの『スペインの悲劇』(1585-87)の主人公ヒエロニモは、彼は同時代の他の復讐悲劇の復讐者たちのように、単なる怒りにまかせた復讐鬼として描かれてはいない。また、小説の分野においても『嵐が丘』(1847)の主人公ヒースクリフ、『大いなる遺産』(1860)のマグウィッチも同様である。本稿ではヒエロニモ、ヒースクリフ、そしてマグウィッチの三人を中心に取り上げ、復讐の内容とその動機も含めて検討することで、我々が彼らに共感する理由と、彼らにどんな文学史上の存在価値があるのかを明らかにする。
  • 東郷 裕
    『成城文藝』 (225) 82-97 2013年12月  査読有り
    『金色夜叉』の種本はバーサ・M・クレイのWeaker Than A Womanであることが特定された。確かに話の筋、登場人物の言葉の言い回し、状況設定が『金色夜叉』のそれらと酷似している箇所が散見されるのは確かである。しかし、クレイと同時代のエミリ・ブロンテの『嵐が丘』の読了後に受ける印象も『金色夜叉』のそれと不思議なほど良く似ている。そこで本稿では、両作品の具体的な共通点をいくつか指摘し、検討することで、読了後の「類似性を感じさせる要因」を特定する。
  • 東郷 裕
    『Seijo English Monographs』 (43) 255-269 2012年3月  
    英文学史上最も印象的な復讐者は、『嵐が丘』の主人公ヒースクリフである。彼の圧倒的な迫力と存在感、冷酷でち密な復讐行為は他に例がない。しかも我々が今なお彼に惹きつけられるのは彼の復讐自体に何らかの意味を見出しているからである。そこで彼の復讐行為を取り上げて分析し、彼の英文学史上の存在意義を明らかにする。その際、彼との比較のために復讐悲劇というジャンルの祖である『スペインの悲劇』の主人公ヒエロニモの復讐の行為も取り上げて論じ、彼の復讐と人物描写の手法を明らかにすることで、この復讐悲劇が持つ重要性も同時に再確認する。
  • 東郷 裕
    『NEW PERSPECTIVE』 41(190) 3-15 2010年2月  査読有り
  • 東郷 裕
    『成城文藝』 196 55-64 2006年9月  査読有り
  • 東郷 裕
    『NEW PERSPECTIVE』 35(180) 31-43 2004年11月  査読有り
  • 東郷 裕
    『NEW PERSPECTIVE』 32(173) 82-92 2001年6月  査読有り
    トマス・ド・クィンシーの『「マクベス」劇中の門口のノックについて』の論文を引用・検討しながら、更にこの論を発展させて、シェークスピアはド・クィンシーが論じていた以上の効果を『マクベス』の中に仕掛けていること解明していく。この効果はまた、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の中の仕掛けが与えるものと同じである。つまり加害者(マクベスとユダ)の心中に渦巻く地獄に、観る者の目を向けさせ、共感を覚えさせることで人間本来の姿を炙り出す。この仕掛けの持つ効果を「最後の晩餐」の構図の歴史的な変遷に触れながら例証していく。
  • 東郷 裕
    『成城英文学』 (23) 69-80 1999年3月  
    ヴィクトリア朝時代の特徴を考慮に入れながら、C. ディケンズの『オリヴァー・トゥイスト』と『大いなる遺産』、C. ブロンテの『ジェイン・エア』、E. ブロンテの『嵐が丘』の4作品を取り上げ、各作品の主人公を検討し、共通点、つまり主人公の置かれた立場と周囲の状況を考えてみる。そして各作者が共通したまなざし(弱者に視点を置き、そこから見えてくる社会的な差別や矛盾)で時代を見ていたのではないか、という仮説を立て、これが妥当であるかどうかを検証する。
  • 東郷 裕
    『NEW PERSPECTIVE』 29(168) 21-28 1998年11月  査読有り
    これは「特別企画」に投稿した論文である。自分の「スタンス」を自分の「好きな時代と作品から」表明するものである。私の場合、いくつかの19世紀英国小説―『嵐が丘』,『ジェイン・エア』,『オリヴァー・トゥイスト』,『大いなる遺産』―に触れ、それが何故好きなのかを説明し、これら作品の共通点を挙げていく。同時にまた時代も国も異なる我々日本人がどういう態度で外国文学に接し、どのような問題意識をもち続けなければならないか、という自分なりのスタンスの表明である。
  • 東郷 裕
    『ギャスケル論集』 (8) 23-35 1998年10月  査読有り
    E ・ギャスケル夫人による"The Life of Charlotte Brontë" は、シャーロットの生涯を記した伝記であり、シャーロットによるJane Eyreも自伝的要素の濃い小説である。ならば、両作品から浮かび上がるそれぞれのシャーロット像は似ているはずである。だが実際はかなり異なる。この原因がどこにあるのかを両作品の中に探しながら、T. Eagleton, "Literary Theory" とLytton Strachey, "Eminent Victorians"の著書に触れ、すぐれた伝記とは何かを説明する。
  • 東郷 裕
    『成城英文学』 (22) 82-100 1998年3月  
    『大いなる遺産』と『嵐が丘』という作者も時代も異なる二つの作品を、「復讐」という視点で概観する。それぞれの登場人物マグウィッチとヒースクリフに焦点を当て、両作品の作者の「復讐」に対する共通した考え方、つまり誰が何故、何に対して復讐するのか、を作品のプロットを追いながら明らかにする。そして両作品の持つ意義を再検討し、マグウィッチとヒースクリフを通して見えてくる人間のありようを考える。
  • 東郷 裕
    『NEW PERSPECTIVE』 28(166) 18-25 1997年11月  査読有り
    主人公ヒースクリフの悪魔的な行動とも言える行動に説明をつけるために、石川 准著、『アイデンティティ・ゲーム』を参考にし、「存在証明」という言葉をカギにヒースクリフの行動を辿っていく。同時にLawrence Stone, "The Family, Sex and Marriage in England 1500-1800"も引用し、当時の社会的状況も考慮に入れながら、キャサリンの結婚の選択の正当性をも論じ、その結果がもたらしたヒースクリフの悪魔的行動の理由と彼の復讐の対象を明らかにする。
  • 東郷 裕
    『世界文学』 (85) 20-27 1997年6月  査読有り
    英国におけるカルチュラル・スタディーズの歴史について簡単に説明し、J. Hillis Millerの著書を引用しながら、カルチュラル・スタディーズの実態に迫り、その働きと目標を明らかにする。また文学との関わりでは、伝統的文学に対してカルチュラル・スタディーズが関わる意義をFirdous Azimの著書を引用しながら論じ、カルチュラル・スタディーズの持つ、従来とは異なった伝統的文学に対する作品解釈と批評方法の可能性を探る。
  • 東郷 裕
    中央大学 1993年1月  査読有り
    『嵐が丘』全体の構造とその世界を明らかにするために論じた修士論文である。作品の中で繰り返される”heaven”と ”paradise”の隠喩の意味、家政婦エレン・ディーンのナレーターとしての役割、そして19世紀のイギリスと作品の舞台背景を論じる。またキャサリンとヒースクリフが共有する世界と二人の関係をE・ブロンテの詩、”I see around tombstones grey”,”No coward soul is mine”,”The Old Stoic”等を引用しながら探っていく。その結果、二人の熱望した具体的な世界と作品全体の構造が理解できるようになる。

MISC

 9

書籍等出版物

 1
  • 代表翻訳者, 東郷秀光 他訳者, 大槻美春, 若松一徳, 中島卓示 (担当:共訳, 範囲:第8章(40頁)の和訳と註を担当) (原著:Array)
    大月書店 2000年11月

講演・口頭発表等

 1

担当経験のある科目(授業)

 7

所属学協会

 3

Works(作品等)

 1

学術貢献活動

 1

社会貢献活動

 1